八幡

『放生 / 往還』2020年度に行った「京都:Re-Search in 八幡」でのリサーチをもとに、地域の新しいアートドキュメントを作成する展覧会を実施します。参加アーティストは、昨年度講師として招き、共に八幡に滞在した石川竜一、島袋道浩を含めた5組のアーティスト。彼らは『放生 / 往還』をテーマに、捨てられる運命にあったモノに別の役目を与え、生活から溢れた物を循環させる営みによって、私たち人間を含めた生命の力強さを再認識できるよう試みます。
未知と既知の経験を往還した各アーティストが、八幡で過ごした「身体の時間」によって、八幡という「場」に添い、地域性や歴史性をより鮮明にし、深めていく作品を発表します。

※「放生(ほうじょう)」とは功徳を積むために、捕らえられている魚や鳥などの生物を河・山に放す慈悲行をいう。日本三大勅祭の一つ「石清水祭」の中の放生行事として行われる。
八幡 リーフレット

2021
10.1[FRI]-11.7[SUN]

石清水八幡宮(山麓の頓宮殿) 会期中終日展示 9:00-16:00松花堂庭園・美術館 月休 9:00-17:00 <16:30最終受付>※庭園内の展示は、金・土・日・祝のみ公開。11.4[THU]は臨時公開。※松花堂庭園入園料:大人100円・学生80円・こども50円

《 Hōjōナウ!! 》

八幡には巨大な集合住宅・男山団地があり、周辺には主要移動手段である自動車が行き交っています。生活を支える巨大な空間が営まれる一方で、この地には不要になった自動車が全国から集まる資源利用のための工場が運営されています。生活から溢れた物を循環させる営みを支える人々が暮らすこの町は、現代社会の生活が凝縮されているようで、その社会には物が溢れていることを教えられます。そんな生活のそばで生えている野草は、私たち人間を含めた生命の力強さを訴えてきます。八幡の営みから着想を得た彫刻と道端の野草の写真で構成します。

石川 竜一ISHIKAWA Ryuichi

1984年沖縄県生まれ、沖縄国際大学社会文化学科卒業。在学中に写真と出会う。2014年に沖縄の人々や身近な環境で撮影したスナップを纏めた『okinawan portraits 2010-2012』『絶景のポリフォニー』を発表し、木村伊兵衛賞、日本写真協会新人賞、沖縄タイムス芸術選奨奨励賞を受賞。 日常のスナップやポートレイトを中心に現代の矛盾と混沌に向き合いつつも、そこから光を探るような作品を発表し、活動の場を日本国内外に広げ、その内容もビデオ作品や他ジャンルのアーティストとの共作、ミュージシャンとのセッションなど多岐にわたる。

インスタレーション《痕》2019、Reborn-Art Festival

《OP2.0006178 Ginowan》2013、『okinawan portraits 2012-2016』より

《scape》

ここではないどこかを夢みる
(そこがどんな風景かはわからない)
現実味に欠けた部屋での暮らし
(仮の住処とも思えない)
折り重なった時間が纏わりつく
(絶えず後ろをついてくる自分の影)
カメラのファインダー越しに浮かぶ世界
(すべては光の粒子となる)
その淡い光のなかに現れる不確かな存在
(そして逃避行はいつもうまくいかない)
私はカメラ・オブスキュラという原初的な装置を用いて、八幡の生活者を写し撮る
(いつかあなたも、ここを離れてしまうから)

佐々木 香輔SASAKI Kyosuke

1985年宮城県仙台市生まれ。2007 年日本大学芸術学部写真学科卒。2007-09年、美術品撮影専門の株式会社飛鳥園に勤務、小川光三に師事。2009-20 年、奈良国立博物館に写真技師として勤務。現在はフリーの写真家とし て活動。歴史や時間の重なり、記憶の継承を主題とする写真を主に制作。 第41回キヤノン写真新世紀優秀賞(2018)。第22回写真「1_ WALL」展ファイナリスト(2020)。

《Space》2020、第22回1_wall展、東京

《三川合流シュート》

京都市内から流れる桂川。滋賀県の琵琶湖から流れる宇治川。三重県や奈良県から流れる木津川。源流が異なる三本の川が八幡市で繋がると聞いたとき、その地点に行ってみたいと思いました。なぜ、目的地を設定し、そこへ向かうのか。そのモチベーション自体の作品化を試みます。三川の合流点へゴールを決めるべく、シュートを放ちます。

藤生 恭平FUJIO Kyohei

1989年三重県生まれ。東京藝術大学大学院美術研究科修士課程在籍。“人が自然環境を開拓/管理していくこと”をテーマに、土地や風景について考える。主な展覧会に「適地適作」(53美術館・中国広州市・2019)、「記録する遊戯#2 なんで花はじっくり見れんのにカビはじっくり見れへんのかはわからん」(わいわいぱ~く・京都市・2020)、「南天1029M(メートル)」(galleryMain・京都市・2021)など。

《記録する遊戯#2 なんで花はじっくり見れんのにカビはじっくりみへんのかはわからん》 2020、わいわいぱ~く/京都

《南天1029M(メートル)》2021、galleryMain/京都

《共振する躯体》

木津川に架かる上津屋橋は日本を代表する「流れ橋」であり、自然や社会に根ざした造形性と連続性を以って、周辺環境との共存を作り出している。この有機的な側面に着目して、流れ橋との身体的な対話を試みた。橋板を一枚ずつ踏み鳴らしていく行為を通じて、自己の身体だけでなく、他者としての流れ橋と音を生み出す対称性を捉えることができた。この足音は、人間だけではなく流れ橋が環境に発してきた音でもある。本作では、身体的な聴取の経験に基づき、これまで潜在的であった「流れ橋の足音」の豊かさを体験型のインスタレーション作品として提示する。

宮本 一行MIYAMOTO Kazuyuki

1987年千葉県生まれ。武蔵野美術大学造形研究科修士課程デザイン専攻映像コース修了。平時では聴き流されてしまう環境音を抽出して顕在化させることで、音環境の中に潜在する特性を芸術表現を通じて鑑賞者に提示している。主な展覧会に、特定の自然環境での経験をもとにさまざまな感覚の関係性を読み解くことを試みた「Outer Edge/ 知覚の外縁」(2021)、会場である日本酒貯蔵庫の特徴的な音響を引き出して再構成した「接触の形跡」(2020)など。

《接触の形跡》2020、ブルーホール/秋田

《Outer Edge/知覚の外縁》2021、BIYONG POINT/秋田

《再生》

町を形作る現代では欠かすことのできないコンクリート製の建物。しかし古くなったり、なんらかの理由で役目を終えると解体されて葬られる。そのいわゆる瓦礫を集める。そして捨てられる運命であった瓦礫にもう一度別の役目、命を与え芸術作品として再生させる。瓦礫にもそれぞれの「顔」があり、直立した状態は「生命」を感じさせ、人々にポジティブなエネルギーを送る。モノを立てるという単純な行為は、人間の原始的な行為であり、古代の我々の祖先と現代の私たちを結びつける。この作品は台風で倒壊し断片化した石清水八幡宮の鳥居を再構成した重森三玲の作庭とその思想にも共鳴する。

島袋 道浩SHIMABUKU

美術家。 神戸市出身。 那覇市在住。 1990年代初頭より国内外の多くの場所を旅し、そこに生きる人々の生活や文化、新しいコミュニケーションのあり方に関するパフォーマンスやインスタレーション作品を制作。 詩情とユーモアに溢れながらもメタフォリカルに人々を触発するような作風は世界的な評価を得ている。 ヴェニス・ビエンナーレ(2003、2017年)、サンパウロ・ビエンナーレ(2006年)、ハバナ・ビエンナーレ(2015)、リヨン・ビエンナーレ(2016年)などの国際展に多数参加。

《白い道》2019、Reborn-Art Festival、石巻/宮城

《首飾り:石を持って山に登る》2021、国東/大分

主催

京都:Re-Search実行委員会 (京都府、八幡市、京丹後市、南丹市、与謝野町) / 京都文化力プロジェクト実行委員会※

※2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会等を契機として、日本の文化首都・京都を舞台に行われる文化と芸術の祭典です。http://culture-project.kyoto/

共催

公益財団法人やわた市民文化事業団

協力

石清水八幡宮 / 一般社団法人八幡観光協会

問合先

京都:Re-search実行委員会事務局

〒602-8570 京都市上京区下立売通新町西入薮ノ内町

075-414-4287(受付:平日08:30-17:00)

bungei@pref.kyoto.lg.jp